仙台高等裁判所秋田支部 昭和42年(う)119号 判決 1968年5月28日
被告人 佐藤清二
主文
本件控訴を棄却する。
理由
本件控訴の趣意は、弁護人羽吹成晃提出の控訴趣意書記載のとおりであり、これに対する答弁は、検察官深沢喜造提出の答弁書記載のとおりであるから、いずれもこれを引用する。
控訴趣意(法令適用の誤りの主張)について
所論は、原判決は、被告人が、山形県最上川土地改良区の総代選挙に際し賄賂をもつて投票をなさしめたことを認めて、これに旧刑法第二三四条を適用して量刑処断した。しかしながら、旧刑法の選挙犯罪に関する規定が適用される範囲は法令に根拠をもつた規約に基く公法人の選挙に関するものであつて、しかも公職選挙法の規定が準用されないものに限ると解され、本件山形県最上川土地改良区は私法人であつて公法人ではなく、その総代選挙は同法条にいう公選の投票にあたらないから、これを適用した原判決には、法令の適用を誤つた違法がある、というのである。
よつて按ずるに、旧刑法は、その第二編「公益ニ関スル重罪軽罪」第四章「信用ヲ害スル罪」中の第九節として「公選ノ投票ヲ偽造スル罪」の一節を設け、その第二三三条ないし第二三六条において、投票偽造罪、賄賂投票罪その他若干の選挙犯罪を定めていた。ところが、現行刑法は、これら選挙犯罪を衆議院議員選挙法その他の特別法に譲ることとして、旧刑法のごとき選挙犯罪の規定を欠くに至つたが、公選は多種多様であるのみならず、時勢の進展に伴つて変転極まりなく、その選挙犯罪のすべてを網羅する法令の整備が容易でなかつたところから、現行刑法が明治四一年一〇月一日から施行せられ旧刑法を廃止した際にも、旧刑法第二編第四章第九節の前記「公選ノ投票ヲ偽造スル罪」は、刑法施行法第二五条によつて「当分ノ内刑法施行前ト同一ノ効力ヲ有ス」ることとされ、補充的効力を持つ規定として存置されたまま今日に至つている。そして、現在では、公職選挙法第二二一条以下において選挙犯罪の罰則が詳細に定められ、これらの規定は、同法第二条によつて衆議院議員、参議院議員ならびに地方公共団体の議会の議員および長の選挙について適用されるほか、他の多くの選挙に準用されているから、結局旧刑法所定の前記罰則規定は、公選のうち公職選挙法の適用ないし準用のないものについて今なおその効力を有しているのである。
されば、右旧刑法所定の前記罰則規定が適用さるべき公選とは、その選挙の結果が公共の利害に影響を及ぼすことが少なくないため、右罰則をもつてしても、その公正を担保することを必要としていると認めうべき法令上の根拠を有するものを指称すると解するのが相当である。従つて、苟しくも直接法令をもつてその選挙および投票の方法を規定したものは、当然これに該当するものといわなければならない。
しからば、則ち土地改良法第二三条および同法施行令第四条ないし第三二条によつてその選挙方法が詳細に定められ、しかも公職選挙法を適用ないし準用する規定の見られない土地改良区の総代選挙が、旧刑法にいう公選に該当することはいうまでもないから、土地改良法に基づいて設立せられた本件山形県最上川土地改良区が、公法人なりや私法人なりやの論議はさておき、その総代選挙に際し被告人が賄賂をもつて投票をなさしめた事実について、原判決が旧刑法第二三四条を適用したのは正当であつて、原判決には毫も法令適用の誤りはない。論旨は理由がない。
よつて、刑事訴訟法第三九六条に則り本件控訴を棄却することとし、主文のとおり判決する。
(裁判官 山田瑞夫 柴田久雄 神田正夫)